木村 華苗 《Muster》
代の美術において、もはや欠く事のできない表現手段であるインスタレーション。1970年代以降、作品形態の多様化に対応する形で発展を遂げてきた。作品を単独で見せるのではなく、それを取り巻く空間をも変容させ、作品化する手法であり、設置される場の固有性、展示の一時性を大きな特徴とする。
  

マリー・ルイーゼ・ビルクホルツ
《私もそれについては何の関係も持ちたくない。》

キャンプベルリンにおいても、各々に独自の視点で場の特性をつかみ、自らの作品に生かした展示が見られた。
 会場となったのは、ベルリン・ミッテ地区にある旧ベルリン市交通局中央整備工場。20世紀前半から、ベルリン市内を走るバスやトラムといった公共交通機関の修理・保全の作業を担ってきた。美術館やギャラリーなどのホワイトキューブとは異なり、本来の機能を失った今もなお整備施設である姿をそのままに保っている。車両の点検・メンテナンスに使用する様々な機械が散在し、それらの機械類を作品に取り込む作家もいた。また、広大な敷地内に存在する煙突や屋内の設備基盤を利用した作品も見られた。これらの作品は、いずれも場の特異性を見出し、その場の判断で実行に移した結果である。
 場の特性を生かしたインスタレーション作品が、既存の美術施設ではない閉鎖した工場に新たな息吹をもたらしていた。さらに、即興的なプラン変更を積極的に取り入れたことで、ともすると雑な印象を与えてしまう危険性を孕みながらも、展覧会に程よい緊張感やライヴ感、ある種の迫力を生み出したのではないだろうか。

作家紹介
エディン・バジュリック

《死が我々を切り離すまで》
2005 - 2008
400.0x300.0cm
インクジェットプリント、音
 ボスニアでは、人間の死は、イスラム教徒も正統信仰者も同じように、死亡告知書が木々や家の壁などに貼付けられることによって、公に告知される。告知に使われる用紙には、宗教によって異なるシンボルマークが描かれており、死亡者の属する宗教が一目で分かるようになっている。
 エディン・バイリッチは、会場の一番奥にある細長い通路の壁面に、緑色の月と星のマークが付いたイスラム教の死亡告知書と、黒色の十字架の付いたキリスト教の死亡告知書を、無記名のまま大量に貼り出した。通路に響き渡る音は、それぞれの宗教の祈りの言葉を録音したもので、始めは明確に別れているが、徐々に混ざり合い、最後には一つの音へと変化してゆく。
 幼い頃、紛争による移住を余儀なくされた過去を持つ作家は、実体験に基づく強いリアリティに裏付けされた、この《死が我々を切り離すまで》のインスタレーションを通じて、故郷であるボスニアで今もなお存在している社会的・宗教的区分による中傷を表現している。
マリー・ルイーゼ・ビルクホルツ

《私もそれについては何の関係も持ちたくない。》
2008
インスタレーション
500ワットハロゲンランプ、センサー、ローソンヒノキ
 マリー・ルイーゼ・ビルクホルツは、会場床の排水溝に高さ2m程度の植木を6本、一列に植える事で、ドイツの庭先にある典型的な垣根を出現させた。植木による垣根を境にして、両側に異なる状況が設定されている。片側は、近づいた鑑賞者にセンサーが反応し、強い光で鑑賞者と垣根、会場の白い壁を照らし出す。もう片側には、何もない空間が広がっている。こうして、同質的な空間であるはずの会場に、作家は垣根という単純な仕掛けで、パブリックな空間とプライベートを隔てる境界を成立させている。移民や移住あるいは移動といった考え方は、物理的な距離の変化でもたらされる概念ではなく、こうした境界という概念を越える事によって生まれてくるものなのだ。
木村華苗

《Muster》
2008
200.0x120.0cm
折り紙、スポットライト
 折り紙を切り出して作られたこの作品は、ドイツの二大宗教であるキリスト教とイスラム教の、教会とモスクの装飾をパターン化したものを使っている。この二つの宗教は、信仰のあり方が異なるだけでなく人々の間にしばしば溝を生んできた。木村華苗はドイツに移り住んで感じた民族間の不調和を、日本古来の「遊び」を通して繋ぎ合わせる事を試みている。
 日本では祝事や儀式に紙で出来た飾りを用いる。子供はそれを真似て遊んだり、家を飾ったりする。その一つに「紋きり遊び」という遊びがある。それは、型通りに折畳んだ紙を切って模様を作るものである。
 2つのパターン化された装飾・文様は、一つの型として切り出される。そうして出来た一枚の紙には、それらを繋ぎ合わせた模様が出来上がる。
 建物の入口のように象られた模様に光が当てられて、影が出来る。床面に大きく伸びて鑑賞者に映し出された影は、鑑賞者を、この模様の中へと誘い込む。様々な人種や民族の住むベルリンで、鑑賞者はそれぞれの立場からこの重ね合わされた異文化を体感したであろう。
オフィリ・ラピド

《光のインスタレーション》
2008
インスタレーション
スポットライト
 オフィリ・ラピドの《光のインスタレーション》は、映画の撮影や演劇に実際に使用される大型のスポットライトを使用し、光=影を素材として制作された作品である。天井まで届く大型の扉の窓枠の影を、その窓から見える巨大な煙突に向けて延長している。光は常に「存在」について多くのことを象徴している。光は存在を明らかにし、それを目に見える形にする。影はその逆である。光を奪われた目は、その存在を見る事ができない。ラピドの作品においては、この関係を逆転させることがコンセプトになっている。スポットライトの強い光で造形された影は、空高くそびえる煙突の形と一体化し、あたかも影が実体化したような錯覚を与える。
流水彩子

《ルーツ》
2008
60.0x45.0cm
ファッション人形、髪
 流水彩子の作品は、バービー人形を素材として用いて制作されている。現在このバービー人形は、世界中の誰もが知っている玩具の一つだといえるだろう。流水が興味を持ったのは、新しい国で育った2世や3世の子どもたちの遊びの経験である。様々な人種と衣装の組み合わせがある、多彩なバービー人形は、世界中で製造され購入されている。よって、移民の子どもであっても、その遊びのスタイルは変化することが無い。今日のバービー人形は身体的特徴や文化的衣装の交換が可能なため、両親の世代にはあった伝統的な文化が欠如しているといえるが、他方においては、その多様性こそ、新たな文化を生み出す一つの機能として存在しているともいえるだろう。
 人工毛の髪先に自らの手で付け加えた人毛には、人形の人種に合った色の毛髪が使われている。流水は「髪を編む行為」を通して、新たな文化としての衣装を仕立てて人形に着せる。《ルーツ》はメタファーであり、それは移民の子どもの異なるルーツを具現化した作品として成立していたのではないだろうか。
鹿田義彦

《ハトはどこへ消えた?》
2008
インスタレーション/サイズ可変
タイプCプリント
 現在ベルリンを拠点に活動する鹿田は、世界中どこにでも見られるハトに注目した。周知のように、ハトはノアの方舟伝説以来、平和の象徴として認識されているが、他方で、戦時中には生きた通信手段として重要な役割を担った事実も合わせ持つ。渡り鳥ではないハトが全国に分布し、人間の生活圏に当然のように存在することへの疑問。こうした人間の思惑によって恣意的に存在価値を揺り動かされる不安定なあり方を移住者の境遇とリンクさせ、ハトの日常をドキュメントすることに考察の糸口を求めた。
 ベルリン市中を練り歩くようにして撮影したハトの写真を、会場内の一角に溶け込ませるように展示した。会場の巨大な機械を、ハトがよく巣を作る教会やビルの姿に重ね合わせて、ハトの日常風景の疑似的な創出を試みた。床や溝にはハトの死骸らしき姿があり、壁や鉄骨の上にも小さな写真が同化させるように設置してある。その中に、一羽のハトがこちらを見つめる写真がある。鋭い眼差しを向けるハトは、我々に何かを問いかけているようだ。